「背後の気配を感じる」発作

「実際には誰も存在しないにも関わらず誰かが背後にいる」
というような錯覚が、てんかん発作でも出現し得ることを最近知りました。
「自分の背後に感じる違和感」、「背後に誰かの気配を感じる」
というような奇妙な感覚・錯覚は、精神疾患患者、神経疾患患者あるいは健常者においても経験することが知られていますが、この錯覚に関する脳内機序についてはまだ明確に解明されていません。
この論文では、てんかん焦点切除術の術前精査目的で施行された皮質電気刺激(electrical cortical stimulation)において、左側頭頂接合部(TPJ:temporoparietal junctionを刺激した際に、自分の背後に”illusory shadow person”(他人の気配)を感じる錯覚が出現した症例(難治てんかん患者)を報告しています。
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図ですが
(a) 症例の脳3D MRIおよび留置された頭蓋内電極をプロッティングしたもので、赤い矢印で示す電極位置がTPJです、ここの領域の刺激によりillusory shadow personが誘発されています。
(b−d) 皮質刺激により再現性をもってillusory shadow personが誘発されましたが、その錯覚は患者の姿勢に応じて変化して出現したことを示しています。
特にfigure cを見ますと、ゾッとするような背後の影があります。
実際に、患者さん(女性)は、この体操座りの姿勢でTPJの皮質刺激を受けると「自分の後ろに座って、自分の腕を包むように抱きかかえたままじっとしている他人」と感じると訴え、さらにその背後の人物は「男性」だと認識したと記載されています。
Figure dは、患者さんがタスク課題を課されている最中にTPJの刺激を行った際のものです。患者さんは「背後の人間が、自分のタスク課題の実行を邪魔しようとしている」と認識しました。
ヒトの脳は、身体からさまざまな情報を取り入れ、統合・処理をしています。
TPJは、自己の認知・処理、自他の区別、自身の身体に関連した多様なsensoryの統合、自己の身体感覚を生み出しています。
この” illusory shadow person”は、自身の身体感覚が生み出した幻影(皮質電気刺激により変容された感覚情報)です。つまり、皮質電気刺激により正常脳機能が変容(あるいは興奮)することで、自己の身体と認識すべきものを、あたかも他人であるかのように誤認する現象が生じたものと考えられます。
患者さんの姿勢に応じて、”他人と誤認した幻影”も姿勢が変化している点は、この仮説を支持します。「自分自身の身体認識」の情報が誤作動(変容あるいは興奮・抑制)することで、「他人が背後にいると認識」した点に新規性があり、妄想などの精神症状のメカニズムの解明につながる可能性が示唆されました。
ところで、てんかん発作というのは、発作活動により正常脳機能が
「興奮」
するか、
「抑制」されるか、
「変容」するか、
のいずれかにより臨床症状が誘発されます。
自己身体の認知を司るTPJを巻き込んだ「てんかん発作」が生じたとすれば、自己身体の認識のズレ・自身の身体感覚が生み出した幻影というような錯覚が生じえます。
発作の前兆(aura)として、「背後に気配を感じる」、「背後の違和感」を訴える患者さんがおられます。
「背後に気配を感じる、違和感がある」というような不思議な錯覚は「てんかん発作(単純部分発作・前兆)」の鑑別も要します。
Reference
Shahar Arzy, et al. Induction of an illusory shadow person Nature 443, 287
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